2005.4.より登山順
[加賀] 岩倉観音山 296m (小松市上麦口町)2 第24回 2024.02.09. 登りはさむらい道。降りはお梅地蔵コース。
第23回 2023.03.04. 登りはさむらい道。降りはお梅地蔵コース。
第22回 2022.01.15. 登りはお梅地蔵コース。降りはさむらい道。
第21回 2021.02.06. 登りはお梅地蔵コース。降りはさむらい道。
第20回 2020.05.01. 登りはさむらい道。下りはお梅地蔵コース。
第19回 2019.11.30. 登りはお梅地蔵コース。降りはさむらい道。
第18回 2018.12.15. 登りはお梅地蔵コース。下りはさむらい道。
第17回 2018.01.05. 登りはさむらい道。下りはお梅地蔵コース。
第16回 2016.12.02. 登りはお梅地蔵コース。下りはさむらい道。
第15回 2015.11.23. 登りはさむらい道。下りはお梅地蔵コース。
第14回 2014.11.18. 登りはお梅地蔵コース。下りはさむらい道。
第13回 2012.12.18. 嵐町入道滝より登り、さむらい道から、上麦口町へ降り、国道を歩いて戻る。
第12回 2011.12.29. 登りはお梅地蔵コース。下りはさむらい道。
第11回 2011.01.23. お梅地蔵コースを往復。
第10回 2010.02.02. 登りはさむらい道。下りはお梅地蔵コース。
第09回 2009.04.08. 登り、お梅地蔵コース。下り、入道滝コース。
第08回 2008.04.17. 嵐町の入道の滝コースより往復。
第07回 2008.04.16. 嵐町の入道の滝コースより往復二度。
第06回 2008.02.29. 登りお梅地蔵コース。下りさむらい道。
第05回 2007.10.17. 登りはお梅地蔵コース。下り入道の滝コースを下りるが迷い、登り返して下山q。
第04回 2006.02.22. 登り下りともお梅地蔵コース。
第03回 2005.10.15. 登り、お梅地蔵コース。下り、さむらい道。
第02回 2005.04.27. 登り、さむらい道。下り、お梅地蔵コース。
第01回 2005.04.11. 登り、お梅地蔵コース。下り、さむらい道。私の初登頂。
2024年02月09日(金)24回 さむらい道-「岩倉観音山」-お梅地蔵コース
今年に入って「寺尾観音山」と「西尾観音山」と歩き、観音山三つ目の「岩倉観音山」を徘徊に来た。9.40分、上麦口町の「上麦口町会館」に車を置かせてもらう。駐車場の下は滓上川で、去年の水害で大被害が出た。覗くと堤防の補修は終わったようだ。
2・3軒隣に国道から川に降りる道がある。
山裾の林道に上がり少し歩くと登山口がある。倒木が切られて置いてある。整備が進んでいるかな。
少し進むと分岐。直進する「お梅地蔵コース」にはやはり赤いテープの通行止め。
右に「さむらい道」が迂回路になっている。
少し歩いて林道から「迂回路」標識に入る。ここから「さむらい道」
さむらい道はお梅地蔵コースと並行に走る尾根道である。少しだけ雪が残る。
場所によって雪は無し。
私は軽登山靴。女史は長靴。
杉林になるとお梅地蔵コースと合流する。
さむらい道分岐の石標識。
プラ階段が時々ある。昔は「馬賭け馬場」の標識があり展望地点だった。
左に「岩倉観音山」の頂上が見えてくる。
この辺りはいつも雪が多い地点。
今年は雪は少ないね。
マンサクの木があるが、まだ花は見えず。
米左衛門屋敷跡の石仏。木の祠は壊れて無くなった。
城跡と岩倉観音堂の分岐。今日は右に観音堂へ行く。
すぐに「岩倉霊水」の水場。ここにも石仏が置いてある。
斜面の平行道を行く。白山らしきものが見える。木の枝が邪魔。
大きい杉の木と祠に入った観音堂がある。昔拝んだら「石に彫った八つ手観音」が鎮座していた。京都の東岩倉にならって開かれた白山信仰の霊地だったという伝承があるらしい。
戻るように斜面を登ると、岩倉城跡の本丸跡広場に登り着く。
本丸跡の案内板の前にシートを敷き昼食。風が無く日向ぼっこををしながら昼食。12時。
竹箒などが置いてある掘っ立て小屋。倒れないで健在。天気の悪い時はよく世話になった。
下山開始。直接に降りる道。
降りは「さむらい道」を戻らず、「お梅地蔵コース」を降りる事にした。
初めは道は傷んでいない。途中の分岐は谷道を用心して、遠回りになるが作業道を降りた。
作業道は折り返して「お梅地蔵コース」に復帰。
復帰して少し降りると「お梅地蔵」。江戸時代、女人禁制の時、岩倉観音の霊水を汲み、村人を助けた。
その先に通行止めの箇所。前回と同じで大木が何本も倒れ込んでいる。去年は左の谷へ降りて木の間を潜り抜けたが、今年は右の斜面に登る踏み跡を辿る。
倒れた木の下を潜り、道に復帰。
林道を戻ると川の向こうに、車を置いた駐車場が見えてくる。
■次回登山は、2/14「遺水観音山」へ■
2023年03月04日(土)23回 さむらい道-「岩倉観音山」-お梅地蔵コース
介護人S女史と健康徘徊。なかうみの里で待ち合わせ。すぐ近くの「上麦口町会館」の駐車場に車を置く。すぐ下が水害のあった「滓上川」で復旧工事が始まっている。9.40分。
道路の少し先に「滓上川」に降りる道がある。
セメント橋を渡ると重機が入って復旧工事
林道に上がり登山口に進む。突き当り登山口に倒木。車はここまで入れない。
「尾根道さむらい道」と「谷道お梅地蔵コース」がある。今日は「さむらい道」で登る予定。お梅地蔵コースは道路決壊の情報あり。最初の分岐を右に。
回り込んだ所から山道に入る。
前から女性登山者が降りてきた。人に逢うのは珍しい。
倒木があるが大したことが無い。いつもの通り歩ける。
5日前の岳峰は残雪があったが、この山には雪は無し。
お梅地蔵コースと合流。
杉林を抜ける。
倒木に座って早くも休憩。目の前の樹木札に「ちあの木」。知らない木の名前。
つばきとマンサク
向こうに「岩倉観音山」の頂上が見えてくる。
「米左衛門屋敷跡」通過。石仏。案内板無くなった。
観音堂への分岐。「八ッ手観音」の目立つ標識。
すぐ石仏があり水場通過。
大杉があり観音堂。お参りして頂上へ登る。
一登りで頂上広場。岩倉城址本丸跡。
暖かいので、落ち葉の敷き詰めた地面にシートを敷いて昼食。
岩倉城址の案内板。
岩倉観音の案内板。
広場隅の掘立て小屋。いつもお世話になるが、最近は倒れそうで怖い。
いつもの記念撮影。下山開始。
ん ナツツバキ
さむらい道分岐まで戻り、今度はお梅地蔵コースを降りる。
お梅地は健在。江戸時代に女人禁制の時、お梅は岩倉霊水を汲んで村人を助けた。案内板は無くなった。
この先、さむらい道の斜面に崩落の跡。
その先、倒木が折り重なる崩壊地点。遊歩道は通れない。
左の谷へ滑り降りて、土砂で埋まった谷を歩き、S女史の指示で倒木の間を潜り抜け、また遊歩道によじ登る。距離にしたら30か50メ-トル位で短い。
ウメ フキノトウ イヌフグリ
上麦口町の会館駐車場に置いた車が見えてきた。
お梅地蔵コースで一部崩壊があるが、それ以外は通れる。
■次回登山は、3/8「遺水観音山へ■
2022年01月15日(土)22回 お梅地蔵コース-「岩倉観音山」-さむらい道
寺尾観音山・西尾観音山に続き、今年連続三つ目の「岩倉観音山」である。国道360号の「上麦口町」入口の赤い橋より入る道は除雪なし。町中の「上麦口町会館」の駐車場に車を置かせてもらう。国道のすぐ先30mに「岩倉城址遊歩道」の標識がある。10.00時。
細い道を降りてすぐ橋を渡る。橋の先に標識。
山裾を戻るようにいて獣除けの門を開け閉めして、赤い橋からの林道に出る。今日もS女史と。
右に山に入って行く。車を置いた駐車場が見える。
捕獲檻のある登山口より歩き出す。何とか長靴で大丈夫。
大岩の中の小さな穴に「お梅地蔵」。江戸時代のお梅さんの話が伝わっている。
谷を登り詰めて「さむらい道」の分岐。雪が深くなったのでカンジキを着ける。
雪は20㎝から30㎝位。今年初カンジキ。
風が無く昨日の雪が樹木にいっぱい。溶けて雨のように降ってくる。
スギ林より落葉樹の道へ
ソヨゴが積雪で道をふさぐ。雪で埋もれた小さな木の、雪をストックでオトシながら進む。
向こうに「岩倉観音山」の頂上が見えてきた。
「米左衛門屋敷跡」だったかな。石像があったか何処かに埋もれている。
「八手観音」への分岐通過。ここの石観音手が8本である。先に頂上へ。
頂上の岩倉城址の本丸跡に到着。雪を踏み固めて食事場所確保。
まずは「抹茶休憩」。カンジキを着けたまま「抹茶」を頂く。風が無いのでゆっくり昼食。13.00時。
本丸広場の隅に掘っ立て小屋がある。掃除道具などが置いてある。天気が悪いと何時もこの中で食事だか、今日は潰れそうで入れない。
下山開始。
広場を横切り観音堂の方へ降りる。
一段下に「観音堂」が見えてきた。下に
S女史が扉を開けてお参りしている。観音堂の謂れは判らない。小さなお堂である。大きな杉が有る。
下山開始。小松火燈山かな。
分岐点に合流して同じ道を降りる。
帰りは「さむらい道」を降りる。
足跡は無く、カンジキは疲れるね。
尾根の突端を階段で降りると、作業道に着き、登山口は近い。
車を置いた場所が見える。とうとう最後までカンジキを履いたまま戻った。16.10分。恥ずかしい位時間が掛かったな。
■次回登山は、1/22近くの「遺水観音山」へ■
2021年02月06日(土)21回 お梅地蔵コース-「岩倉観音山」
相棒S女史と近くの「岩倉観音山」を健康徘徊。
10.15分に、いつもの赤い橋から墓地の方へ入る道に到着。除雪してないな。入口になんとか車を置く。
低い山なのでカンジキは持って来なかった。足跡を歩く。門を開け閉めして林道に入る。
登山口に到着。杉林に入ると積雪が少ないので、地面が出ているし頃がある。
今日はお梅地蔵コースで登る。地蔵にお花でもと思ったが、周りに代わりになるものが無い。すみません。
谷道をまっすぐに詰めてゆき、さむらい道の分岐を過ぎた先で、右に尾根の方へ登って行く。
杉林を抜けて落葉樹林帯に入ると、途端に積雪が多くなる。ごぼりごぼりと長靴が沈む。
頂上が見えてきた。古いカンジキの跡があったが、いつの間にか無くなったな。
今日は頂上まで直登の予定。観音堂への分岐通過。
マンサクの花かな?。黄色い花が顔を出し掛け。
この山は城跡である。最後は急坂でようやく頂上本丸跡に登り着く。掘っ立ての物置小屋があるが、倒れそうなので入るのは遠慮。
すぐ横の一番高見が地面が出ていたので、ここで昼食。昔作ってあった札が出てきたので提げる。
降りは観音堂の方へ降りる。記念撮影。
お参りする。覗くと石に彫ったような千手観音菩薩が見える。
巨大杉がある聖地である。岩倉観音の謂れは、よく知らない。立て札も無し。
雪山が見る大笠辺りかな。白山も見えたが、写真は撮れなかった。
もふもふ発見。やっと見つけた春の足音。
帰りは、さむらい道を降りる。杉林が無いので雪が多い。
ちょっとだけ先頭を歩く。降りは足跡の無い所を長靴で、ごぼりごぼりと歩くのは身持ちが良い。
ようやく登山口に出たぞ。
■次回登山は、2/11加賀「寺尾観音山」へ■
2020年05月01日(金)20回 さむらい道-「岩倉観音山」-お梅地蔵コース
ゴールデンウイークに入っている。天気が良い。昼ご飯を山で食べようと、おにぎりを作り、お茶を詰めて「岩倉観音山」に単独徘徊に来た。上麦口町の手前で山裾に入る。登山口まで車で入れるが、途中に獣除けの門が出来、開け閉めするのが面倒なので、道の広い所に車を置く。11.20分。
登山口までぶらぶらと歩く。「シャガ」が満開だ。
花の名前は自信がない。
登山口には捕獲機がある。ここまで車は入る事が出来る。11.30分。
登りに「さむらい道」を登ろうと、一つ目の分岐を右に周ったら「お梅地蔵コース」からお父さんと子供二人が降りてきた。
この山で登山者と遇うのは珍しい。
作業道の周り角に「さむらい道」の登り口がある。階段から尾根に取り付く。
「チゴユリ」「ガマズミ」「ツクバネウツギ」「イカリソウ」など白い花ばかりだ。
新緑が奇麗だ。
「お梅地蔵コース」と合流して、杉林をのぼってゆく。
向こうに「岩倉観音山」の頂上が見えてきた。
左に分岐のある地点に出る。直進すれば「岩倉城址」。右は「岩倉観音」の標識がある。今日は岩倉観音の方へ行く。
「岩倉観音堂」がある。小さなお堂である。霊地で大杉がある。
左手前を少し登ると、岩倉城址の本丸跡に出る。ここが頂上である。12.50分。
座り込んで昼食。誰もいなくて静かである。東京の息子一家にライン。孫とゲームをしている動画を送り返して来た。のんびりと遊んでいるとの事で、一安心。更にタブレッドでナンプレをして、老人も暢気なものである。
米左衛門屋敷跡の地蔵 観音水場の地蔵 お梅地蔵
14.15分に車に戻り着く。
■次回登山は、5/2加賀「虚空蔵山」へ■
2019年11月30日(土)19回 お梅地蔵コース-「岩倉観音山」-さむらい道
半日だけS女史と「岩倉観音山」を歩く事になった。寒くなると一人で出かけるのが億劫になるので、連れがあると有難い。8.30分になかうみの里で待ち合わせ、すぐ近くの上麦口町に移動。町の手前で赤い橋を渡り突き当りの墓地近くに車を置く。8.40分。林道に去年までは網ネットが貼ってあったが、頑丈な門になっていた。
9.00時にお梅地蔵通過。
作業道分岐が幾つもあるが直進する。
ナラの葉が紅葉している。
落ち葉でいっぱい。
低い山でも紅葉は良いな。
10.00時に、岩倉観音山の頂上に到着。
頂上は岩倉城址の本丸跡らしい。周りにも遺跡があり、なかなか広い。
朝、奥獅子吼方面に雪が降ったように見えた。昨日は寒かった。しかし今日は風もなく案外寒くない。落ち葉の真ん中に座り込み、早い早い昼食。小さな山札を提げる。展望は無いが、この時期、木の間から平野が少し見える。
11.00時に下山開始で、観音堂の方へ降りる。観音堂の戸を開けてお参りする。
帰りは、さむらい道を通って下山する。S女史はナメコが無いか探しているが、今年は何処にもあまり生えてい無い様だ。
12.15分に車に到着。
■次回登山は、12/07「和田山・末寺山」■
2018年12月15日(土)18回 お梅地蔵コース-「岩倉観音山」-さむらい道
北陸にも本格的な冬がやってきた。家の前にも雪がほんの少し少し積もった。午後から天気が回復する予報。ここしばらく歩いていないので、午後だけでも歩こうと、リュックにお菓子を放り込んで「岩倉観音山」に出掛ける。郊外へ出たら、街中より郊外の方が雪が少ない。国道360号を走り15分で、上麦口町の手前で左手の墓地の前に車を留める。13.40分。ここからしばらく進むと猪除けの網があり、またいで進む。
いつもの登山口より直進して、お梅地蔵の前を通り谷を詰めてゆく。
積雪は少ない。向こうに頂上が見えてくる。
岩倉観音にお参りして、頂上に登る。
15.00時頃頂上到着。掃除道具の置いてある小屋が傾いている。危なくないか確かめてから中に入って、おやつを頂く。
さむらい道を通って下山。16.15分頃に車に降り立つ。
2018年01月05日(金)17回 さむらい道-「岩倉観音山」-お梅地蔵コース
元日は歩いたが、あれ以来天気が悪くて歩いていない。昨日もテレビも見飽きたので、外を覗いたら晴れていた。着替えて出かけようとしたら、霰が降ってきて、出かけるのをやめてしまった。今日は曇り、テレビで映画を遅くまで見ていたので、朝寝。久しぶりに「岩倉観音山」でも歩いて、山でカップラーメンでも食べようと、ポットにお湯を入れてカップラーメンを持って出かける。上麦口町手前で、山の方へ曲がり墓地の近くに車を置く。11.00時。
今年初めて長靴を履いて、林道を歩く。途中にイノシシ除けのネットが張ってあり、車は突き当りの駐車場まで入れなくなっている。登山路に入り、最初の分岐作業道を右に入り、少し戻るようにして、尾根のの先端から「さむらい道」に入る。
段々と雪が多くなってきたが、難儀するほどではない。丁度歩きやすい積雪量。
直進する登山路と合流し一登りすると、前方に頂上が見えてくる。
12.45分に頂上到着。木々の間から平野が見える。
広場隅の作業小屋で、カップラーメンを食べようとふたを開けて、ポットを出そうとリュックの中を探すが、ひっくり返してもポットが無い。どうも忘れてきたようだ。80才を越えてそろそろ認知症の症状が出始めたかと苦笑。お菓子を食べて、15分滞在で、13.00時に、観音堂の方へ下山開始。
扉を開けて、石の観音様にお参り。下りはお梅地蔵の道を降りる。途中、作業道を経由して少し遠回りになるが、この方が安全で歩きやすい。14.10時に車まで戻り着いた。
屋敷跡の地蔵 観音水場の地蔵 お梅地蔵
家へ帰ってポットを探したら、朝出かける時、どのリュックにしようかと迷って、残してきたリュックの中に入っていた。
■活動時間 3時間7分 Ⓢスタート11.00→3時間7分→Ⓖゴール14.07
■活動距離 3.8km ■高低差 233m ■累積標高上り/下り 406m/394m
■次回登山は、1/6「粟津岳山」へ■
2016年12月02日(金)16回 お梅地蔵コース-「岩倉観音山」-さむらい道
今日は「岩倉観音山」を歩きに行く。上麦口町の入口の赤い橋を渡り左折する。墓地を右折して突き当りの駐車場に車を置く。3台ほど置ける。イノシシ捕獲の檻がある。
11.35分に歩き出し、11.47分に「おうめ地蔵」の前を通過。
12.00時に「さむらい道」分岐。帰りはここを降りる予定。
辺りの杉林が奇麗に下刈りされて明るくなった。杉林を抜けると葉っぱの落ちた雑木林になる。
12.22分。「岩倉観音」への分岐地点。今日は直進して「岩倉城址」の頂上、本丸跡を目指す。
右手に雑木林越しに平野が見える。
12.33分頂上。平野が見渡せる場所がないかと探すが、何処も雑木林に阻まれる。
本丸跡を通り抜けて「岩倉観音」へ降りる。12.39分。
下りは「さむらい道」を降りる。
13.23分に車まで到着。イノシシ捕獲の檻のそばに小さい花が咲いていた。「ワルナスビ」らしい。
★次項2016年71回登山は、12/3「奥獅子吼山」へ★
2015年11月23日(祝)15回 さむらい道-「岩倉観音山」-お梅地蔵コース
久し振りにS女史と「岩倉観音山」を歩く事になった。老齢のお母さんが入院したりと、いろいろ忙しいらしい。10時以降でしかも早く帰れる山と云う事で、岩倉観音山にした。今年はまだ歩いて居ない。10時に「なかうみの里」で待ち合わせ。大根や白菜を頂く。ありがとう。なかうみの里から国道を山に向かって走り、上麦口町の入口の、赤い橋の手前を左折して、そのまま林道を登ってゆくと、突き当りに駐車場がある。10.20分。イノシシ捕獲の檻が設置されていた。
50mほど進むと右に、荒れた林道が分岐しているので、戻るように進むと、尾根の突端に戻るように、プラスティック階段があり、「さむらい道」の始まりである。登山口から直進する「お梅地蔵」コースは、谷を詰めてゆく感じだが、「さむらい道」は並行してなだらかな尾根を行く。
感じの良い道が続く。
10.50分にお梅地蔵コースに合流。ここから杉の植林地を登ってゆく。杉林の下刈が済み、明るくて感じの良い道となった。杉林を抜けると感じの良い雑木林を行く。
すぐ頂上へは向かわず、右に岩倉観音堂の方へ入る。11.20分、観音堂境内。すごく大きな杉が何本もある。
立て札によれば「本尊は30㎝あまりの、石造り八つ手観音座像である。北方の「遺水観音山」南方の「大峰」と一線をなし、供えられた神酒は腐敗することなく、人々の尊崇が厚い。いつ何のために祀られたか不祥であるが、一説には、花山法皇が北陸巡幸の時、京都の東岩倉に模して祀られた千手観音で、近くの入道滝と共に、白山修験霊場と言われている。原町文化財保存会」
鍵は掛かっていないので、拝むことが出来る。
しばらく休んで、頂上の本丸跡に登る。すぐ上である。広場でヒラタケを発見。天ぷらが美味しいと言われたので、もらって家で天ぷらにして食べた。ゆっくりと昼食。コーヒーも入れてもらう。昨日の日曜日に、三童子から鞍掛山縦走の行事があったらしい。地元の彼女も参加したらしい。元気なことである。
帰りに寫した、米座衛門屋敷跡。13.25分にお梅地蔵を通って駐車場に到着。
●次項2015年・第77回登山は、11/24「水無山」へ●
2014年11月18日(火)14回 お梅地蔵コース-「岩倉観音山」さむらい道
急に思い立ち「岩倉観音山」へ。11.00時に家を出て、コンビニで菓子パンとペットボトル一本。リュックも持たず、全部ポケットにねじ込んで、11.30分に登山口を出発。いつもリュックには鈴がぶら下がっているが、今日は無し。熊が怖いので、ストックで立木を敲きながら登る。
お梅地蔵。
12.20分、岩倉観音堂。
12.30分、頂上本丸跡。広場隅の作業小屋で、菓子パンをかじり30分も長居。
米左衛門屋敷跡。 登山口13.45分着。
●次項2014年・第76回登山は、11/19「遺水観音山」へ●
2012年12月18日(火)13回 入道の滝-「岩倉観音山」-さむらい道
いつだったか新聞に「入道の滝」を整備している、との記事があった。一度訪ずれねばと思っていた。ここずーっと冬型で天気が悪い。今日も雨の予報だが、頑張って歩かないと太ってしまう。
入道の滝経由で「岩倉観音山」に入る。国道360号線を山に向かうと、嵐町の中ノ峠トンネルの手前で、左に入る道に看板がある。入るとすぐ舗装が無くなるので手前の空き地に車を置く。300m程歩くと左の谷に入る道がある。
入ると直ぐ小さな滝があるが、これは名前の無い滝。道は以前とはよくなったが、それでも川沿いの荒れた道である。
100m入ると突き当りに「入道の滝」が見えてきた。何度も来ているが、今までは藪の中に在り、もっと小さな滝だと思っていた。
こんなに大きくて立派な滝だったとは、まさに感動ものである。周りを切り開いた町の人に感謝。
ここから滝の左の斜面を登る。ほとんど道が判らない。おまけに雪と雨でよく滑る。一段落すると、危険に着き迂回路をお廻りくださいの看板に出る。以前通った事があるが、滝の方へ進むと岩場の連続になりちょっと危ない。滝の反対の方へトラバースしてから、急斜面を尾根上まで登る。踏み跡が無くなり、登り易そうな急斜面を、岩や木に掴まりながらよじ登る。
尾根の上まで出て、そのまま左へ藪漕ぎをして、頂上まで行けそうな気がしたが、用心して以前歩いた事のある右へ行く。右に滝の方へ尾根を降ると、滝の上部で路らしきものに出る。ここから滝の上の川を遡って行く。誰も通らないようで倒木で歩き難い。9.40分、窓のようになった一番低い地点の峠に登り着き、今度は右のピークを目指して登って行く。
大きな杉の木が見えてきて、観音堂の上を通って、本丸広場の一角に飛び出す。10.17分。広場角にある屋根だけの小屋の下で昼食。食事を済ませて辺りを散策。二の丸跡三の丸跡と少し整備したようだ。
観音堂の方へ降りる。大きな杉の木がある。前回と同じさむらい道を降りる。前回は雪の為途中で道を外ずしてしまったが、積雪の無い今年は、登山路は確認できた。
11.55分、上麦口町まで降り、国道をぶらぶらと嵐町中ノ峠の方へ歩く。途中で「村社泰産神社」を参る。いつも車なので寄った事が無かった。木花咲耶姫命が御祭神で安産と子安の神とか。仏御前が京より戻り、原町で静かに暮らしていた折、婦人の安産を願って本社を創立した、と書いてある。神社は新しく、昭和54年の台風で壊れたので建て替えたらしい。
その先で「乱橋」という珍しい名前の橋を渡る。
12.45分、嵐町の車に到着。国道歩きはどんなものかなと思っていたが、仏御前とか乱とか、なんだか謡曲に関係のある名前が出てきて、楽しかった。遊泉寺の立ち寄り温泉に入って帰る。
入道の滝から岩倉観音山までは、登山路が無いに等しいのでご用心。
2011年12月29日(木)12回 お梅地蔵-「岩倉観音山」-さむらい道
23日に全員で「動山」の、頂上避難小屋で忘年会をして、今年の山歩き納めのつもりだったが、まだ歩き足らず、天気の悪いのに呼びかけたら、S女史が乗ってきた。9.00時になかうみの里で待ち合わせ、山はその場所で「岩倉観音山」に決めた。いつもの上麦口町のはずれの案内図の看板の前に車を止める。みぞれが降っている。お梅地蔵通過、9.30分。
9.47分、さむらい道の分岐の、新しい小さな石碑がある。帰りはここを下りようと思う。10.01分、馬かけ馬場(展望台)の古い標識通過。木の葉が落ちているので、左の高みに登ると展望がよさそう。今日は雨だが。平らな地点に出ると積雪30cm位。
10.19分、米左衛門屋敷跡通過。石観音の頭が見えたので掘り出して写真を撮る。開けてないコーヒー缶が供えてある。以前は木の祠に入っていた。以前は白い石だったが今は黒い石?。昔と同じ石像かな?。
10.23分、観音堂と城址との分岐に出る。観音堂の方へちょっと降りると水場を通る。石の祠の中に石像がある。赤い帽子をかぶっている。
10.33分、観音堂に到着。扉を開けて拝ませてもらう。世話をする人が居て大切に保存されているようだ。ちゃんと花が手向けてある。
10.45分本丸跡の頂上に着く。まだ早いがお湯を置かしてもらって昼食。みぞれが粉雪になった。履いてきた長靴に穴が開いていた。足が冷たくなって、コーヒーを飲んでいたら体全体が寒くなって震えが来た。長く居た。11.40分下山開始。
さむらい道の分岐の石碑から、さむらい道に入ったが、積雪の為に道が判らなくなった。適当に歩いていたが、さすがに心配になって、お梅道の方へ斜面を降って行ったら、なんとか登山路に出た。道は尾根を通っていたような気がしていたが、実際は斜面を横切っていた。変な思い込みはしてはいけないな。時期遅れの大きなナメコを発見。しかもみずみずしい。13.05分、車に到着。キノコは早速家に帰ってナメコ汁になった。
今年の最終山歩きは終わった。今年は滅茶苦茶に出歩いた。近くの低い山を半日ほどちょっと歩くだけだが、年間80回近くも出歩いた。その老人の山歩きに、しばしば同行し励ましてくれた「戦友S女史」に、来年も宜しくと挙手敬礼して別れた。
2011年01月23日(日)11回 お梅地蔵-「岩倉観音山」往復
積雪の多いときは、道路からすぐ登れる山でないと入れない。昨日の「鳥越城山」に続き、今日は「岩倉観音山」である。国道わきの駐車場は雪の山だが、かろうじて車が置ける。民家の横の登山口は、川を渡るので危なそうだから、大事を取って、町はずれの赤い橋まで戻る。雪の壁をよじ登って、倉庫の前でカンジキを履く。10.10分出発。
林道を歩いて、10.45分、お梅地蔵を通過。雪だるまを供える。
少し急な所を過ぎると、杉林になる。どこが登山路か判らない。なだらかな斜面を上へ上へと登る。
ラッセルは先頭を登る人が一番大変。先頭はいつもN氏任せ。老人の私はいつも、しんがりで、しかもだいぶ遅れて、迷惑ばかりかけている。すまない。
杉林を抜けて雑木林になると、前方にようやく頂上が見える。
11.45分、ようやく頂上に到着。ここも岩倉城址で、ここは本丸跡である。
本丸広場隅の、屋根のある物置小屋は、雪で埋もれている。覗くと中は真っ暗である。入らない方が良い。
うまい具合に雪が止んでいるので、外で昼食である。
全員で集合写真。標識からすると1m60㎝ほど積雪がある。今日は女性コンビとN氏と、気だけ若い老人の4人。
12.40分、地蔵堂の方へ降りる。観音堂の周りだけ大杉が残っている。謂れのありそうな観音堂だが、謂れについて書いたものは無い。
カンジキは登りは歩きにくいが、降りは簡単だ。ひっくり返っても痛くないからかな。
村の周りにいつの間にか、イノシシの柵がある。柵の戸をあけて小さな橋を渡って、直接駐車場近くに戻った。
2010年02月02日(火)10回 さむらい道-「岩倉観音山」-お梅地蔵
今年は積雪が多い。それでも寒さに負けずカンジキをはいて、近くの山を這いずり回っている。健康のためもあるが、雪山歩きに慣れるとこれが又楽しい。子供が雪の中を転げまわる感覚だ。70才を過ぎて子供に戻ったらしい。今日は近くの「岩倉観音山」にS女史と歩きに入る。9.40.車を置けるか心配だったが。上麦口町入り口の赤い橋から、山裾の墓地までは工事のため除雪してあったので入り込む。9.50.林道を歩いて登り口に到着。カンジキをはいてすぐ右に入り込み「さむらい道」を歩き出す。
なんとか最初は夏道が判ったが、雪が深くなってきたら道が判らなくなった。お梅地蔵から登って来る道との合流地点が判らない。左の上の尾根らしいが、直進するほうが登りやすいので、もっと上で尾根に取り付く予定で直進する。10.30.前方にカモシカ発見。でかいカモシカだ。こんな大きなカモシカは初めてだ。
カモシカの居た地点から、左の尾根まで上がろうと斜面を登り出す。うまい具合に「馬駆け馬場の展望台跡」辺りに出た。屋敷跡を通る。11.15.観音堂の分岐に出る。新しい石の案内柱がある。登り口にもあった。登山路を整備したらしい。
11.30.本丸跡に到着。今日は寒い。雪がちらほらするので、吹きさらしの作業小屋に入って、お湯を沸かして昼食。
記念撮影をして、観音堂の方へ降りる。
12.20.壊れかけていた観音堂は新しく立て替えられていた。今までは観音様は拝めなかったが、新しい観音堂は鍵が掛かっていなかった。お賽銭を上げて拝ませてもらった。黒い石に彫られた千手観音らしい。素朴な仏さんである。
下りはお梅地蔵を通る道を下りた。13.00.地蔵さん通過。あとしばらくで車だ。
2009年04月08日(水)9回 お梅地蔵-「岩倉観音山」-入道の滝
一年前この「岩倉観音山」で、自動車の鍵をなくして一騒動。もう登ってやるものかと思っていたが、一年経ったらまた登りたくなった。中ノ峠の物産販売所に集合、ここに車を二台置いて、一台で上麦口町の、国道沿いの駐車場に周る。「レンギョウ」の奇麗に咲いた前のお家より、お婆さんが出て来て歓談。9.05. 先発に夫婦らしい二人が歩く。この山で登山者に遇うのは初めてだ。今日は観音巡りで、ここを降りたらすぐ「寺尾観音山」に回ると言う。なるほど、そう言う登り方もあるのだ。
我々は70才越え老人コンビと、SN女性コンビのフルメンバーが揃った。この時期、花の咲き出した低山逍遥を楽しんでいる。歩き出した林道が、以前より広くなり、周りの杉林の下刈りや整備で、明るい感じになった。お梅地蔵も雰囲気が変わった。美人になったような。
「コブシ」が一杯咲いている。今までは近くまで行けなかったが、杉林の下刈りがされ、踏み込めるので、側まで行って写真を撮ってきた。
分岐を右に入り先に観音堂に寄る。分岐の霊水水場も整備され水が飲める。観音堂の建物はだいぶ傷んできた。10.00.頂上到着。コブシの木の下で、恒例の抹茶を頂く。
一向一揆古戦場の立札の後ろの木に、小さな山名札を提げてくる。
さて今回は、入道の滝コースを下山して、嵐町に降りる予定。この道は実に判り難い。以前道が無くなって登り返した事がある。矢印から小さな尾根に入ったが、右の斜面を降りるはずだが踏み跡が無い。連れを待たして尾根の先の方まで行ってみる。やはり違うと戻って探すと、一年前自分が付けた赤いテープを発見。この道も登山者が通らないので、廃道寸前、初心者向きで無い。道らしい道は無い。自分の付けた赤いテープを頼りに、小川に沿って降りる。
この小川が「入道の滝」になる。こんなに低い山なのに、どうどうと流れ落ちる滝に成る。この滝の横を降りるのが一苦労。巻き道が作ってあるが、以前この道は凄い藪道だったので、今回はあえて岩場を降りる道を選んだ。タイガーロープが張ってあるが、だいぶ古いもので切れるかも知れないと心配だ。おまけに支えの鉄の杭が抜けて、宙に浮いている。なかなか怖い。足の掛からない場所もある。やはり藪漕ぎのほうが安全だった。
ようやく岩場を降りきる。入道の滝は部分的には見えるが、全体を撮る場所が無い。なかなか立派な滝なのだが。彼女も一生懸命撮っているが、出来栄えはいかに。
「コブシ」や「キクザキイチゲ」や゜カタバミ」が咲いている道を降りる。ようやく道らしくなってくる。
まだ食事が済んでいないので、これから車で「鳥越城山」に登り、カタクリを写して食事をする予定。
2008年04月17日(木)8回 入道の滝-「岩倉観音山」往復
午後から仕事があるので「岩倉観音山」に、午前中無くしたキーを探しに行く。相棒K君に助っ人を頼む。嫌な顔をせずに付き合ってくれる相棒でありがたい。今日から雨の予報だが未だ降り出していない。8.10分、林道通行止めの鎖の前に車を留める。標識に従って川を渡ると簡易水道の施設らしきものがある。イカリソウ、キクザキイチゲ、カタバミの咲く道を行く。
入道ノ滝横の岩壁を登る。ロープが張ってある。
9.10分、頂上本丸跡に到着。ポツポツと降って来たので広場隅の小屋の下で、抹茶をたてて一服頂く。
昨日も、2月に登った時も観音堂にお参りしなかった。鍵を失くしたのもその所為かも知れないと、仏頼みにお参りする。このお堂だいぶ傷んできた。
観音堂の前の広場に大きな杉が何本もある。観音堂といい、入道の滝といい、この山は宗教に関係しているようだ。
10.40分、留めた車に到着。二人で探しても車のキーはとうとう見付けられなかった。仏頼みも駄目でした。これで完全に諦めました。
登り60分。下り60分。
2008年04月16日(水)7回 入道の滝-「岩倉観音山」往復
去年10月に、頂上より「入道の滝」コースを下山していて、道が無くなり戻ったことがある。「入道の滝より嵐町に至る」と頂上の標識に書いてあるので、先日、山の帰りに嵐町の林道の入口に車を留め、林道を少し歩いてみた。嵐町が終わった所で、林道は通行止めになっていたが、その先に「岩倉観音山 入道の滝コース登山口」の標識があった。
鳥越城山にカタクリを見て、その帰りにちょっと「岩倉観音山」に登ってこようと思い立つ。鳥越からの戻り道、中の峠のトンネルを出た所左に「中ノ峠物産販売所」がある。その先200m右に林道入口がある。また嵐町のバス停よりも村に入れて、村を抜けた所で林道に合流する。村からの道が合流した所が広くなっているので車を置く。鎖が張ってありここで通行止めである。13.00.
その先100mに登山標識が見える。川に掛かる橋を渡って山に入る。すぐにこの滝がある。これが入道の滝かと思ったが違った。
川に沿って登る。あまり登られていないのか道は荒れている。向うに木の間から滝が見えてくる。あれが入道の滝らしい。段々登って滝が横に来た。幾段にもなった滝のようだ。
滝の左岸が大きな岩壁になっている。登山路はその下で、右に岩壁を登るコースと、左に急斜面を藪を漕ぐようなコースに分かれる。「危険に付き迂回路をお回り下さい」の立札があるのだが、どちらが迂回路か判らない。岩壁に登る方が上り易そうなので取り付く。
ロープが下がっているが、杭が抜けている所がある。ちと心細い。ようやく登り切ると滝の上で、広い谷になっている。この地形は覚えている。去年はこの近くまで降りてきていたのだ。ツツジが咲き出した。この広い谷を詰めてゆくと尾根の上に突き当たる。赤い標識が頂上を指している。右に折れ急斜面を登り切ると、観音堂の上を通って頂上本丸跡に着く。13.50。
頂上で記念撮影をしてすぐ下山開始。滝上の岩壁を迂回して通る道があるらしいので、そちらを選ぶ。岩壁は迂回できるが、道が判らず急斜面を木の根につかまって滑り降り、危険の標識にたどり着く。
登り50分。下り40分でした。
所がこの登山に続きがある。車に戻ってリュックを探したが自動車のキーが無い。青くなってリュックをひっくり返してみたが見付からない。山中で落としたらしい。そこでもう一度山に登り返した。人が通らず荒れた登山路である。何処が道か判らないところも多い。頂上でリュックを開けたので期待していたが無かった。車に戻ったが携帯は車の中、ポケットにあった100円玉を握り締めて、中ノ峠物産販売所に来たら休みで閉じていた。公衆電話でタクシーを呼び家まで帰り、スペアキーを持って、また弟に中ノ峠まで送ってもらう。まだ明るかったので、滝横の岩壁まで探しに行ったが見付からない。暗くなってきたので今日はやめる。それでも諦めきれず、携帯で相棒のK君に電話を掛け、明日の午前中にもう一度探しに登るのに同行を頼む。
2008年02月29日(金)6回 お梅地蔵-「岩倉観音山」-さむらい道
お天気が良いのでちょっと「岩倉観音山」に歩きに出かける。雪のある時入るのは2度目だ。自宅より15分。上麦口の村の手前で林道へ入る道が開いていたので車を置く。10.10分歩き出す。すぐ雪になるがスノーシューを着けるほどでもない。
馬かけ馬場の標識を越えると雪が深くなりスノーシューを履く。
11.35分、頂上広場到着。広場の隅の作業小屋に入り込んでコーヒーを沸かして飲む。
観音堂の方へ降りようと思ったが、斜面が急でスノーシューだと転げ落ちそうなので、元来た道を降り、さむらい道を降りてみた。道が判るか心配だったが、何とか判別がついて登り口にたどり着いた。
登り90分位。下り65分位掛かった。
2007年10月17日(水)5回 「岩倉観音山」上-入道の滝途中断念
「岩倉観音山」を今年はまだ歩いていない。3時まで時間が空いたので11.08分に家を出て、11.29分に上麦口集落の登り口の駐車場に車を置く。小松から来ると、集落の手前に赤い欄干の橋が二つ有る。その二つ目の橋手前をを左に折れ、突き当りを右に進み突き当りが駐車場である。4.5台置けるだろう。いつも空っぽで車が置いてあった事が無い。
今まではすぐ暗い杉林に入るのだが、今回は様子が違う。明るいのだ。杉の木の枝打ちがしてあり下草も刈ってある。枝打ちした枝を運び出す為、登山路が車の入る林道になっていた。11.35分歩き出し、11.41分お梅地蔵。林道は左に曲がってゆくが、しばらくでまた合流してきている。そこが林道終点らしい。
急坂を登りきると11.59分に何も見えない展望台。そこからは水平道で12.06分に屋敷跡。最後の急坂を登ると12.14分に頂上到着。頂上といっても城址の広い本丸跡だ。頂上に建っている「岩倉城の案内」の板を読んでいると、東の出郭の先に「入道滝より嵐町へ」の下山路の記入がある。
本丸跡の東の隅に行って見たら、入道の滝コース下山口の標識があった。嵐町に出るのなら少々時間がかかっても、3時までに家に帰れそうなので下山路を探してみる。
出郭の先に赤い標識があり、矢印の先の急な斜面に微かに踏み跡がある。あまり人が通らない様で判り難い。急な斜面を降り切ったら鞍部に着いた。12.34分。
ここにも赤い矢印があるが、この矢印は今降りてきた頂上を指している。下山路はどこか不明だが、右に緩やかな谷に入る。ここが一番降り易く、道らしき感じがする。
ほとんど踏み跡が無い場所を降りていたら、傍らの木に「やぶつばき」の標識札が下がっていた。やっぱりここは登山路なのだと少し安心する。それにしても道らしき道が無い。札の下がった藪ツバキのそばにも道は無い。岩が滑って転倒した。こんな所で骨折して動けなくなったら大変だ。広かった谷が段々狭くなってきて、水が流れるようになった。
谷は急に先のほうが切り落ちていた。滝音がしないかと耳を澄ます。ひょっとすると滝の上に出たのかも知れないと思う。谷伝いに降りられなくなったので、横の斜面に取り付いたが、道が判らず手こずる。林道らしきものは見えず底もまだありそうだ。周りは山ばかりで方向も定かで無い。12.55分、30分以上も降りて来たが、道が不明で戻る決心をする。13.20分本丸跡に登り着く。13.50分車まで戻る。
今度時間を掛けて下山路を探してみたい。
登り45分。入道の滝コースを下山するが不明で戻る。この間1時間。下り30分。
2006年02月22日(水)4回 お梅地蔵-「岩倉観音山」往復
K君から今度は雪山を案内すると誘われている。カンジキを持っていないので買いに行ったら、スノーシューという西洋カンジキがあったので購入する。午前中は晴との予報なので、昼までに帰る予定で、カンジキのテストに出かける。「岩倉観音山」は4回目の散策である。
岩倉城址の国道沿いの駐車場は、除雪した雪で山積みでようやく一台留めることが出来た。8時40分より歩き始める。林道は所々土が出ている。杉林の山道に入っても地面の見えるところがある。15分かけてお梅地蔵に着きスノーシューを着ける。
慣れないので歩き難い。大きな杉林を抜けて鞍部に出たら、登山路の痕跡が無くなった。登り易そうな斜面を登りきると、広い尾根に出た。雑木の間から遠くの山が白銀に輝いて見える。小さなピークを登ってみたが見晴らしの利く所は無かった。誰も歩いていない所を歩くのは快感である。向こうに頂上が見えてきた。
時々自分のカンジキを踏んでひっくり返ったり、雪を踏み破ってカンジキが抜けたり、通常の2倍は労力がいる。落葉しているので平野は結構見える。
1時間半掛けて頂上にたどり着く。積雪は1mから1.5m位か。展望の無い山だと思っていたが、木が無ければそこそこ展望がある様だ。
降りは自分の足跡を忠実に辿った。のんびりと降りたので1時間近く掛かっている。それでも正午前には家に帰れた。 予報どおり夕方より雨となった。
2005年10月15日(土)3回 お梅地蔵-「岩倉観音山」-さむらい道
山に行きたかったが、一日中雨の予想で、山を諦めていたら、午後2時頃雨が止んでいた。慌てて近くの「岩倉観音山」へ今年3度目の登山に出かける。いつもは国道脇のバス停駐車場に車を置くが、今日は村の入口近くにある赤い橋の、手前を左に折れ、突き当たりを右に折れ、山裾の林道を登ってゆくと突き当たりに駐車場があり5.6台置ける。
谷を真っ直ぐ登り詰め、お梅地蔵を過ぎ尾根に出ると馬駆け馬場の展望台に出る。壊れた展望の絵があるが、今は周りが茂って全然展望が無い。昔は絵のように日本海まで見えたのだろう。その先に広場があり、沢米佐衛門屋敷跡とある。片隅に石観音が置いてある。
頂上といっても本丸跡の広場だが、登り出して40分で着いた。
ウロウロと頂上付近を探索していたら、また雨が降り出した。用意してきた折畳みの傘をさして、滑らないようゆっくりと降りる。途中さむらい道と書いてある道へ左に折れる。この道は登りの谷道と比べ、尾根道のような感じで、駐車場より50mほど入った地点に飛び出す。
2005年04月27日(水)2回 お梅地蔵-「岩倉観音山」往復
「岩倉観音山」今年2回目の登山である。土手に黄色い花が咲いている。
「つつじ」も咲き出した。
ようやく伸び上がって平野が見えるところがあった。
2005年04月11日(月)初登山 お梅地蔵-「岩倉観音山」往復
小松の自宅を車で出て、国道360号線を山に向かって一走り。15分位で上麦口の集落につく。道の右側に岩倉城址案内図の立て札があり、駐車もできる。立て札より国道を挟んだ向かい側が「岩倉観音山」である。国道を渡って民家の間の道に入り、橋を渡って山の林道に入る。200mで突き当たりになり、車の置けるスペースがある。ここより山道になる。
山道に入って50メートル位で、右に分かれるさむらい道が分岐している。どちらに進んでも上でまた合流する。直進すると、大きな岩をくりぬいた穴に、お梅地蔵が鎮座している。「女人禁制の江戸時代に、岩倉霊水を汲んできて、村人の病を救ったお梅を讃えた」ものと言う。
谷を上り詰めて尾根に出ると、右よりさむらい道が合流してくる。少し展望が利いてくるが周りの雑木が高くて、良く見えない。登り始めて30分位で城主の屋敷址に着く。
この先で道は二つに分かれるが、周回道路でどちらでも良い。
右に入るとすぐ岩倉清水で、ここにも地蔵さんがあり水場である。やがて小さな観音堂に出る。中は石造りの八手観音坐像との事である。
観音堂の横を登ると、すぐ本丸のあった頂上に出る。見通しは利かず城址の説明板がある。
加賀の国は一向一揆で富樫を滅ぼし、百姓の持ちたる国だった時代、越前の朝倉氏が時々攻め込んできたので、こんな山城を方々に築いていた。その後織田信長に攻められて、一向一揆は平定された。500年くらい前の話である。現存する山城の中で、ここは昔の山城の形を完全に残していると言われている。
「ショウジョウバカマ」が咲いている。30分で下山できます。誰にも遭わない静かな山です。