2006.9.より登山順
[日本百名山 別7] 月山・羽黒山 1.984m (山形県) | ||||||||||||||||||||||||
第2回登山 2017.07.29. 随神門より羽黒山を往復。 第2回登山 2017.07.30. 月山八合目駐車場より、月山頂上往復。 2010.05.29-31. 月山の麓をドライブ。 第1回登山 2007.07.25. 月山道路の八合目駐車場より往復。 |
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2017年07月29日(土)2回 1日目の羽黒山 7/16日の我が社中「清響会」の発表会も終わり、待望の夏山シーズンが来た。高山植物の咲く白山別山へ登ろうと、24日の南竜山荘を予約してあったが、梅雨は上がらず九州は大雨で被害が出ている。予約を取り消して正解だった。北陸も雨だった。夏山第二弾は、東北の日本百名山の「月山」と「西吾妻山」である。まだ梅雨が上がらない。少々降られるのも仕方がない。何処か簡単に登れる日本百名山に連れて行ってと、N女子とS女子に頼まれて、私が案内するという名目でこの2山になった。 5時、小松を三人で出発。北陸自動車道で新潟へ。新潟より日本海東北自動車道に入る。途中で普通の国道になるが、鶴岡に近づくとまた日本海東北自動車道になる。鶴岡市内を抜けて「羽黒山」を目指す。宿坊が幾つも現れてくると、ナビ頼りで予約してあった宿坊「神林勝金」に無事到着。12.00時。N女子と交代で運転したので楽だった。 ![]() この宿坊は民宿も兼ねているので、ネットで予約出来た。駐車場があったので車を置かせてもらって、これから出羽三山(羽黒山・月山・湯殿山)の「羽黒山」に登る予定。正式参拝道を歩いて登る。石段は2446段あるとの事である。10年前に、初めて月山に登りに来た時、五重塔だけは立ち寄って眺めたことがある。そこから戻って帰ったから、石段も登っていないし、山頂の「出羽三山神社」も参拝していない。ミシュラン・グリーンガイド・ジャポンの三ツ星に認定された道を、今回はぜひとも登る予定。 我々の泊まる宿坊は、「随神門」のすぐ隣である。登山靴を履いて、リュックを被いて、ストックを持って出発。私はさすがにリュックはやめて、肩リュックにペットボトルとヤッケを入れて歩き出す。12.20分、門をくぐり継子坂を一度降り、右手に須賀の滝を眺め祓川を渡る。 ![]() 天然記念物の「爺杉」が左手にある。樹齢推定1000年以上、幹囲8.25mと書いてある。婆杉は明治35年に暴風に倒れたとの事。12.40分。 ![]() その先に「国宝・羽黒山五重塔」がある。12.45分。小雨が降り出したが直ぐに止んだ。 ![]() 五重塔から「一の坂」が始まる。久しく歩いていないのでちょっと辛い。 ![]() 樹齢300〜500年の杉並木が続く。その数400本以上で、国の特別天然記念物に指定。 ![]() 「二の坂」 ![]() ![]() 二の坂を登り切ると「二の坂茶屋」がある。名物力餅。力こんにゃく。色々ある。チョットだけ庄内平野が見える。13.20分。 ![]() かき氷で一休み。ここは中間地点である。 ![]() さらに登ると「芭蕉塚」があった。芭蕉が詠んだ「涼しさや ほの三日月の 羽黒山」に因み、鶴岡の俳人連衆が、江戸中期に建てたという。芭蕉の面影を偲ぶため「三日月塚」と称した。 ![]() 13.45分、さらに登ると右手に「南谷」への分岐の道があった。芭蕉が奥の細道行脚の際、六日間逗留した寺院がこの南谷にあったらしい。今は廃墟となっているらしい。「有難や 雪をかほらす 南谷」と芭蕉は詠んでいる。行ってみたかったが、時間が掛かりそうで諦めた。 「三の坂」を登り切ると突然に頂上広場に登り着く。14.10分。 ![]() 大きな「出羽三山神社」がある。羽黒山・月山・湯殿山の、三神を合わせて祀る神社。茅葺の屋根である。 ![]() 大きな鐘楼もある。 ![]() ![]() 芭蕉さんも建っていらっしゃる。ここから月山まで月山旧参道が続いている。月山八合目迄車道が開通するまで、ここから月山へ登った。芭蕉もここから月山へ登った。 ![]() 出羽三山歴史博物館を訪ね、横のベンチでコーヒーを沸かして昼食とする。この頂上まで登る有料道路があり、バスや自家用車でどんどん人が登ってくる。 15.15分頃下山開始。16.20分頃帰り着く。上り下りで4時間の山歩きだった。 ![]() ![]() 宿坊は入るとすぐ祭壇があり、信者たちが祭礼する。今日も団体の一行が宿泊している。夕食は精進料理。新鮮な地元の食材が並び、とても美味しかった。しかも品数と量も多くまことに満腹した。 明日は「月山」へ日帰り登山。早朝4時に出発予定なので、朝食はお弁当で貰って、支払いを済ませて早く寝る。裏口に靴を回しておく。朝は静かにここから出発予定。 ■次回登山は、明日7/29「月山」へ。下稿の記事に続く■ 2017年07月30日(日)2回 2日目-月山八合目より ![]() 今日は「月山」2度目の登山である。羽黒山の宿坊を早朝4.00に出発。ビジターセンター横から月山八合目への道に入る。途中上から、でかいバスが二台降りてきた。こんなバスでも登れるのだ。もう登山客を送り届けた後のようだ。 ![]() 林道入り口のビジターセンターが一合目で、林道を段々登って、5.05分に突き当りの「月山八合目駐車場」に到着。チョット天気が悪くて残念。もっと車が多いかと思ったが、朝が早いのか思ったほどでもない。 駐車場からは海岸線が見える。鳥海山は雲が掛かっている。5.30分にトイレを済ませて出発。 ![]() 5.45分、月山神社中之宮御田原神社。参篭所であり宿泊出来るらしい。ここから弥陀ヶ原へと出てゆく。 ![]() ![]() ![]() ![]() キンコウカ ノアザミ ![]() ![]() ![]() シャクナゲ イワイチョウ オトギリソウ 「いろは四十八沼」と言われる、池塘がある。 ![]() 一段登った所で振り返ると、白装束で登ってくる人か多い。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ゴゼンタチバナ ニッコウキスゲ ベニバナイチゴ ![]() ![]() ![]() ハクサンフウロ イワショウブ 雪渓を渡る。白装束の登山者が休んでいる。 ![]() 草原状を登って行く。色々の花が咲いている。 ![]() ![]() ![]() ![]() ウサギキク ヨツバシオガマ マルバシモツケ ![]() 8.30分。仏生池小屋に到着。9合目と書いてある。通常の2倍の3時間も掛かった。情けない。 ![]() 仏生池の周りは「ハクサンフウロ」でいっぱい。 ![]() ちょっと休んですぐ出発。 ![]() ![]() ![]() ![]() トウヤクリンドウ ミヤマリンドウ チングルマ ![]() ![]() ![]() タテヤマウツボグサ ヤマハハコ ダイモンジソウ ![]() ![]() ![]() ハクサンイチゲ テガタチドリ イワカガミ ![]() ![]() ![]() アオノツガザクラ ミヤマキンポウゲ エゾシオガマ ![]() 大きな雪渓のふちを歩き、仏生池小屋より2時間かけて、10.30分に頂上広場に到着。お二人様お待たせしました。霧が濃くて辺りが良く見えない。残念。 昼食。頂上を占めている月山神社は、前回登ったので、今回は登らぬ予定。女性二人で昇殿してもらう。 ![]() ガスが濃くて周りが良く見えない。下に山小屋があるはずだが見えない。頂上ピークの上に月山神社が鎮座している写真を撮りたかったが、とうとう撮れなかった。 ![]() 晴れないか1時間近く粘って11.30分下山開始。頂上真下の大きな雪渓で記念撮影。 ![]() 「ヒナウスユキソウ」。エーデルワイスに似ている。 ![]() ![]() 仏生池小屋が見えてきたら、霧が少し晴れて庄内平野が見えた。13.00時。 ![]() ![]() ![]() 15.15分、ようやく弥陀ヶ原が見えてきた。 ![]() ![]() ![]() ![]() アキノキリンソウ ツリガネニンジン ギボシ 帰りは参篭所を通らずに、十字路を左に折れ、池糖の間を抜けて駐車場の方へ降りる。 ![]() ![]() ようやく駐車場が見えてきた。15.45分到着。予定より2時間遅れ。情けない。 ![]() 明日は「西吾妻山」を登る予定で、今日は米沢市の小野川温泉に泊まる予定。17時には宿に入る予定が、登山に暇取って随分遅れてしまった。山形自動車道を走りながら宿に遅れると電話。もともと素泊まりで申し込んであるので、途中で食事して、夜8時に宿へ到着。温泉へ入る。良い温泉である。 ■次回登山は、明日7/31「西吾妻山」へ■ |
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44回目の発表会も無事済んだ。年一回の発表会であるから、44年も続けたことになる。宣伝に少し写真を載せる。埼玉の孫も、初めて新幹線でやってきた。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |
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2011年5月29日-31日 東北ドライブ 東北は大好きである。毎年出かけている。今回は山に登らなくて、秘湯めぐりと奥の細道探索であるが、「月山」の稿に写真を載せる事にした。月山が思いがけず大きく見えたからである。 夕方に小松の自宅を出て、高速で新潟まで走り、深夜11時、北海道行きのフェリーに車を乗せる。すぐ寝て朝6時に秋田港に上陸。日本海沿岸を「象潟」に向かって走る。象潟は「奥の細道」で芭蕉が訪れ「象潟や雨に西施がねぶの花」「汐越や鶴はぎぬれて海涼し」と紀行文に載せている。 ![]() 早朝7時半に象潟の「蚶満寺」に着いた。「奥の細道本文に「この寺の方丈に坐してすだれを捲けば、風景一眼の中に尽きて、南に鳥海、天をささえ、その影うつりて江あり」。象潟は鳥海山の麓にある。去年登った鳥海山が、晴れていればでっかく見えるはずである。九州に台風が上陸中で見えるはずがない。雨が降らないだけでも良しとするか。 ![]() 芭蕉の銅像がある。なかなかいい像である。その前に西施の像もある。雨にぬれる象潟は、中国絶世の美人西施が眠っているようだ、と云う意味かな。この像もなかなかの美人である。 ![]() 芭蕉の旅は「松島」と「象潟」が最大の目的地だったと言われている。象潟は松島と同じく、この「蚶満寺」の周辺は九十九島と云われるたくさんの小島を浮かべた潟だったらしい。芭蕉も舟でここを訪れています。しかし現在は、芭蕉が訪れた百年後くらいに起きた地震により、一夜にして陸地になったと言われています。早朝で人が誰も居なかったので、拝観料を払わず、勝手にお寺の周りを一回りしてきた。 仁王門辺りより、昔の小島を思わせる景色を撮った。黄色い花が咲いている。何かな。背景に鳥海山が見えないのは、返す返すも残念。 ![]() ![]() 象潟から戻って、みちのく小京都角館へ向かっていたら「唐松神社」の標識があった。この近くに能楽堂が出来たはずなので探しに寄る。唐松神社に参拝。杉の木立が続き、由緒ある神社のようだ。隣に物部氏の天日宮司いうのもある。ここも珍しいつくりだ。近くに唐松岳と云う山があるらしい。本殿が少し下がった窪地にある珍しい造り。 ![]() 近くに「まほろば唐松中世の館能楽殿」があった。秋田県内唯一の能楽堂で、平成二年に京都西本願寺の北能舞台を手本に造られたらしい。野外の舞台で見所になる建物が周りを囲んでいる。実に雰囲気の良い能楽堂だ。今日はカラオケ大会があるようで皆様待ち構えていた。私能楽師としては能楽をやっていないので寂しいが、使われているだけでもまぁー良いか。 ![]() 角館町の武家屋敷のある通りを、二・三度車で回る。雰囲気が良い通りだ。 車から降りないで次の田沢湖を目指す。 田沢湖のタツコ姫の像に出た。鶴子(タツ子)が永遠の美を願って龍になったなったらしい。対岸の「秋田駒ヶ岳」が雲の中から顔を出しかけた。 ![]() ![]() 湖岸を周って「御座石神社」に着いた。田沢湖は日本一深い湖との事である。タツ子が自分の顔を写した「鏡岩」があると言うので、何となく歩き出した。 ![]() 近くかと思ったらどんどん裏山を登る。もうやめて帰ろうかと思ったら、岩を眺める展望台に出た。汗だく。単なる岸壁の岩。 ![]() 乳頭温泉郷に向かう途中に、秋田駒ヶ岳に登る林道の近くに出たので入り込んだ。秋田駒ヶ岳はコマクサなど高山植物が多いので有名で、一度は登りたいと思っている。しかも八合目まで林道が続いているようだ。林道入り口は全面通行止めになっていた。 ![]() まだ開通していないようだ。それにマイカー規制の標識がある。6月-10月の土日祭日。夏は6月21日-8月19日の毎日。5.30-17.30の間。バスかタクシーに乗り換えるようだ。さらに今日の宿泊地乳頭温泉に向かう。水芭蕉の群生地を通る。もう花は終わりかけ。黄色い「リュウキンカ」が間に咲いている。ナラの新緑がきれい。 途中で林道の舗装が無くなり砂利道となる。突き当りに乳頭温泉郷の鶴の湯があった。日帰り湯が可能で車がいっぱい停まっている。混浴の白く濁った露天風呂が人気らしい。 ![]() 泊まった所はここではなくて、鶴の湯別館「山の宿」で、本館と同じ造り、お湯も本館から引いた白い温泉である。宿の周りは水芭蕉でいっぱい。テレビ無し。夕食は炉辺で山菜づくの温泉三昧。 ![]() 二日目、秋田駒ヶ岳が見える展望台による。残雪が見える。頂上は雲の中。残念。 ![]() 今日は山形県を目指す。ひたすらナビを使って走る。所々高速の無料化部分を走る。昼ごろ「おがち道の駅」で昼食していて、ここが小野小町の出生地と知る。小野小町が主人公の能楽が何曲もある。能楽師としてはちょっと覗かなくてはならない。小町堂に寄る。特に何も無し。 ![]() 尾花沢市の「芭蕉・清風歴史資料館」に寄る。ここにも芭蕉像がある。ここは商家であった鈴木清風の資料を展示してあります。芭蕉は清風の歓待を受けて10日間も尾花沢に泊まっています。江戸で顔見知りの清風はベニバナ商人のお金持ちらしいです。芭蕉と清風の資料は興味深かったです。 ![]() 今日の泊りの銀山温泉は、川の両側に大正時代に建てられた宿屋が並ぶ不思議な雰囲気です。台風の夜の雨で水が轟々と流れている。車が入れないので宿から迎えに来た。この温泉も少し寂れてきたような感じだ。 3日目。温泉街はずれで車に乗り換え。この宿は立派だ。左官の描いた「コテ絵」が壁を飾っている。 ![]() ![]() また尾花沢に戻り昨日見過ごした「養泉寺」に立ちよる。ここは清風が気兼ねなく過ごせるよう、貸してくれた寺である。「涼しさを我が宿にしてねまる也」の句碑があり、涼し塚と称しているようだ。この寺で7日、清風宅で3日、合計10日間尾花沢に泊まっている。奥の細道の旅の中で一番多い。 立札を読んでいたら、この寺で芭蕉は「月山」や「鳥海山」を眺めながら涼んだ、と書いてある。 ![]() あわててすぐ寺の前の坂を降ったら、一面に田んぼが広がり、目の前に真っ白な「月山」が見えて感激。この時期加賀平野より眺める「白山」よりも真っ白だ。 ![]() 奥の細道の本文に「最上川のらんと大石田という所にて日和を待つ」と書いてある。さっそく大石田の町に寄る。芭蕉はここで「五月雨を集めて早し最上川」の句を創っている。ここの船問屋高野一栄宅で3泊してこの句を創ったのが5月28.29.30日。今日は5月31日。高野宅跡より眺める最上川の風景。まさに芭蕉が眺めたとおりの、轟々たる流れ。感慨にふける。 ![]() 寒河江市を通る。公園のツツジがきれいだと言うので立ち寄ったが、盛りは過ぎていた。しかしこの辺りから見る「月山」は素晴らしい。まだ真っ白だ。 この後長井市から「朝日岳」と「飯豊山」の間を越えて日本海側に出た。朝日岳は遠くに白い山脈が見えた。飯豊山はどこかのトンネルを抜けた所で、目の前に真っ白の山並みが見えた。飯豊山に間違いないが、車を止めて写真を撮る場所が無かった。この二山は日本百名山であるが登ったことが無い。 |
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2007年07月25日(水)初登山 K君と三山登頂のB月山 今日は相棒K君と、東北三日目で三山目、「月山」に登る。早朝5.00、「休暇村・羽黒」の部屋の窓から、これから登る月山が見える。今日も快晴である。この山に登りたかったのは、奥の細道の旅で、芭蕉が登っているからである。時々芭蕉の歩いた跡を尋ねている身としては、山好きの身としては、ここを逃すわけにはいかない。 5.30分、フロントでお弁当を受け取り出発。宿のすぐそばから登山道路が延びている。芭蕉はこの近くの宿坊から歩き出しているが、我々は舗装してある道路を八合目まで登る。6.10分終点駐車場に到着。 広い駐車場の向うに庄内平野が俯瞰できる。風があって寒い。車の中で朝食の弁当を食べて、出発の準備をして6.50分に歩き出す。 歩き始めから草原状で気持ちが良い。お花畑の中を歩いているみたいだ。前方に頂上らしきものが見える。 7.05分、中ノ宮の「御田ヶ原参篭所」に着く。白装束の神主さんがいる。鳥居をくぐって弥陀ヶ原湿原に入ってゆく。 ![]() 白山や立山の弥陀ヶ原みたいな感じである。大きな池塘がある。散策路が分かれている。 一段登って振り返ると、参篭所の小屋が見える。点在する池塘は「いろは四十八沼」と言うらしい。ずーっと遠くに、かすかに鳥海山が見える。 ![]() ニッコウキスゲが咲いている。向うに見える小山を越えてゆく。一ノ岳と言うらしい。 ![]() 初めての雪渓を横切る。さすが東北の山である。2000mに満たないのに、雪が残っている。 8.50分、仏生池小屋に到着。飲み物を売っている。小屋の前に小さな池があり、周りにハクサンフウロの群落がある。石仏が多数置いてあり、賽銭箱が置いてある。ここら辺りが中間地点と思われる。 高山植物が多くて嬉しい。私の故郷の山・白山で見かけないのもある。
9.05分、「オモワシ山」通過。岩場がだんだん増えてくる。 9.40分、「エーデルワイス」を発見。もっともヨーロッパのエーデルワイスではなくて、それに似ていると言われる「ヒナウスユキソウ」である。 岩手県の早池峰山の「ハヤチネウスユキソウ」が、もっとも本場のエーデルワイスに近いと言われているが、まだ未踏でお目に掛かっていない。もちろんヨーロッパの本物のエーデルワイスも見たことが無いが、月山の「ヒナウスユキソウ」で大満足、大感激である。 ![]() 月山にこんなに雪が残っているとは思わなかった。2000mに満たないのに、北陸の日本海沿岸と同じで豪雪地帯なのだろう。雪渓歩きが多くなる。この山は信仰の山である。白装束の信者の登山者が多い。芭蕉も白装束で登ったのだろうか。 ![]() 芭蕉の登ったのは7月22日、今日は7月25日だから時期的に似ている。前方に頂上にある建物らしきものが見えてくる。あとひとふんばりだ。 10.18分、月山頂上到着。一番高い所に石垣に囲まれて「月山本宮」の神社がある。参拝料500円を納めて、人の形の形代で禊をして、お祓いを受けて、奥宮に参拝してお神酒を受ける。健康祈願。 神社を出て少し降りると、月山頂上小屋がある。その先が広場状になっているので休んでいる人が多い。我々もそこに陣取り、湯を沸かして抹茶を頂く。 ![]() 記録によれば、芭蕉は早朝に羽黒山の宿坊を出て、弥陀ヶ原で昼食、ここに着いたのは午後三時半という事になっている。そしてさらに三キロ離れた谷間の霊地、東補陀落を往復したと言う。凄い健脚である。 ![]() 広場の先から湯殿山へ降りる登山路が続いている。結構な急坂である。こちらからも次々と登山者が登ってくる。また湯殿山へ降りてゆく人もある。 ![]() 芭蕉もここ山頂小屋で一泊しています。奥の細道の本文に拠れば「息絶えだえ、身凍えて頂上に至れば、日没して月現る。笹を敷き、篠を枕として、臥して明くるを待つ。日出て雲消えれば、湯殿に下る」 芭蕉は湯殿山の方に降りてゆきます。そして参拝後又ここまで登り返し、羽黒山の宿坊に帰っています。昔の人は考えられないほど歩くのが早かったらしい。 芭蕉がここで詠んだ句。 「雲の峰 幾つ崩れて 月の山」 スケールの大きい俳句である。 11.20分、一時間滞在した頂上に別れを告げ下山開始。その前に記念撮影。 少し霧が出てきた。 なだらかな斜面が多いので、歩く人により荒れやすい。荒れた所は木道になっている。 途中でお腹がすいたので、11.55分より40分間も掛けて登山路脇で昼食。 13.10分、仏生小屋通過。冷たいペットボトル購入。 ![]() タテヤマリンドウに似ているが、違うかも。 14.30分、中ノ宮通過。今朝ここから見えた月山の頂上は見えない。 14.40分、八合目の駐車場に到着。15分程で着替えて出発。 ![]() 帰りに羽黒山の宿坊街に寄り、車を置いて、随神門から国宝五重塔を往復してくる。出羽三山のシンボルの五重塔は見ておきたかったから。15.30-16.00 ![]() ![]() 16.15分、さらに少し走って「黒川能・王祇会館」に寄る。能楽師の端くれとしてはここを素通りする訳には行かない。 ここ山形県鶴岡市黒川地区に「重要無形民俗文化財・黒川能」が伝わっている。世阿弥が完成した能楽と同じものが、500年も前からこの地に根付いている。村人たちと神社の祭礼に結びついて特異に変化したものだろう。 昔の能楽はこんなものだったのかも知れない。 ![]() ビデオなんか見せてもらって45分も長居した。向かいの、能が奉納される春日神社も参拝して、17.10分に出発。 後はもう自宅へ帰るばかり。鶴岡市より海岸線を走り、新潟より高速道路を一直線。金沢のK君の家に着いたのは、深夜午前1.20分。自宅に着いたのは2.00時。 三日間に、毎日、日本百名山を一山ずつ登る山行は、予定通り無事終了。古稀記念の登山は、楽しい思い出になりそうだ。 駐車場より仏生池小屋まで2時間。小屋より頂上まで1時間20分。下り、頂上より仏生池小屋まで1時間30分(昼食時間を含む)。駐車場まで1時間30分でした。 |